トラック運転手のアレやコレや。

霧の街「釧路」から晴れの国「岡山」へ移住。身寄りのない街でトラックの運転手。 【運転手のアレやコレや】と、【岡山と釧路】の魅力も伝える。

トラック運転手 年収

13年目のトラック運転手の年収がコレ。

f:id:Torajunior:20190221201157p:image

こんにちわ。TORAJIROです。

私の今年の2018年度の年収はざっくり言うと、500万円に到達しました。

仕事の内容についても、ほぼ毎日自宅で寝ていますし、年間の休日もそこそこにあります。

今現在で言うと満足度はかなり高いものとなり落ち着きました。が、、、

それまでの失敗や仕事の内容を選ぶのにとても苦労したように思います。

個人的な感想ではありますが、今までに経験した仕事の内容や、その時の満足度や収入を

公開したいと思います。少しでも、転職を考えている人のお役に立てると嬉しいで〜す。

 

【業界未経験で飛び込んだ大手宅配業者】

  • 21歳の時、大型の免許を取得し、初めて運送業界の門を叩いたのが、宅配業者。

もう少し詳しく言うと、大手宅配業者の養車で入る下請の会社でした。

最初の3ヶ月くらいはワゴン車で1日100件くらい、多い日で130件近くの配達をしていました。

労働時間は朝7時位から夜7時くらいまで、遅い時で夜の10時近くまで何度か仕事してたと思います。

その時の月収は手取りで20〜23万円くらいでした。その後、4トンに乗っても10トンの大型に乗っても

給料も変わりませんでした。

《良かった点》

未経験でも4トンから10トンの大型まで経験させてもらえた。

大手宅配業者での伝票の組み方や荷物の積み方など運送業界では、共通する基本的な事が学べた。

作業着が汚れてしまったり、匂いが残るような荷物を扱ってなかった。

自社ピットがあったので、オイル交換の技術を習得出来た。

《悪かった点》

従兄からプレゼントでもらったレイバンのサングラスを失くしてしまった。

給料のアップが望めなかった点。年齢も若かったので、労働時間が長いのに耐えれなかった。

 

【地元水産加工場の専属運転手】

  • 地元の先輩の紹介でお金に釣られて入りました。年収で言うと400万くらいだったと

思います。仕事の内容は繁忙期と言われる数ヶ月は寝る暇がないぐらい忙しいです。

基本的に、朝から晩まで市場から加工場の往復でそんなに距離は走りませんでした。

主にダンプ仕事が多かったです。

年間走る人で5万キロ走るぐらいだったと思います。

《良かった点》

運転手には珍しくボーナスがあった。夏冬合わせて70万くらいありました。

髪の色や服装等はうるさくなかった。自社の水産加工場が荷主なので、売り上げなどで、給料が下がることは無かった。ほぼ固定給。運行費は給料と別に手渡しだった。

《悪かった点》

水産加工場なので匂いがキツイ。魚の油で洗車が大変。

運転手と言うより半分作業員。生の魚は過積載になりやすい。

急ブレーキで魚を撒き散らす危険がある。


【危険物ローリー(白油)】

  • ここからは、地元を離れ土地勘の無い所での経験になります。

1年くらいしか在籍していなかったので、給料は参考にならないかもしれません。

1番もらえた月で手取り28万円でした。1番低かったのは手取りで15万でした。

入社して3ヶ月近くはツーマン運行なので、その最初の月が低い給料でした。

残業時間や休日などは、他の零細企業にありそうなブラックな事はありませんでした。

仕事もホースより重たい物も持たないので、楽でした。年齢層は高かったですね。

 

《良かった点》

危険物だけあって、法的なものを遵守せざるを得ないから、無理な運行は無かった。

ガソリンスタンドと製油所の往復で考える事が少ない。ホースより重い物を持たない。

《悪かった点》

朝がとにかく早い。万が一の事故が社会的責任が大きい。

忙しい時期と暇な時期の落差が大きい。残業時間で給料が上下する。

【一般貨物大型トラック10tウイングでの長距離】

ここでお世話になった会社は、高速代が売り上げから引かれてしまい給料に反映されるという事で

その当時、私は道を覚えたい、水屋の仕事をもらい何でも積める経験が欲しかったということで、

3ヶ月で見切りをつけて、踏み台にしてしまいました。それでも、月収35万は手取りでありました。

《良かった点》

横ライン(東京から山口県)の高速やベタ道を覚えた。

忍耐力がついた。

《悪かった点》

一生続けられる仕事じゃない。水屋の仕事がたらい回しにされる。

指示された積み地が山の中という誤指示があった。家に帰れない。


【鋼材輸送トレーラー】

見知らぬ土地に移住してから、3年くらい経ったかと思います。

この時28歳だったと思います。運良くトレーラー運転手の欠員により

最初は大型からと言われたが、すぐにトレーラーに乗務する事ができた。

輸送区間は主に広島から名古屋あたりの中距離輸送、たまに長距離。

給料面は最初の年は月収35万平均あったのに、年々下降。

鋼材は浮き沈みがあるらしい。ほぼ週休2日だったので、満足度高いです。

《良かった点》

鋼材と言っても多種多様、とても勉強になった。

手積み手卸しが無い(玉掛け必須)

ベテラン運転手が多かったので、教わる事が多い。

《悪かった点》

重量物を運ぶと交通量の少ない深夜に走りがち。

バラの荷物、件数卸しがある。

【危険物ローリー(化学薬品)】

現在ここに落ち着いてます。

1年目は覚えることが多く大変でした。

しかし、覚えてしまうとドンドン楽に感じてきます。

荷崩れはないし、過積載の心配なし。

人間関係もまだまだこれからですが、今のところ

苦痛に感じることは無いです。

《良かった点》

ほぼ1つの荷主で仕事できるところ。

帰り荷が無い。ほぼ全線高速。

《悪かった点》

規則が厳しい。持ち車が無い。

イヤホン使っても運転中の携帯電話禁止。

事故したら乗務禁止期間あり。

 

 

まとめ

運転手を仕事に選ぶと言っても、小型トラックから大型トラックまでありますし、

それに付随する免許も多種多様です。荷物によっても、重労働になったり軽作業で済んだり

時間が長い割に給料が反映しなかったりと、例をあげるときりがないですね。

私なりの意見ですが、私は自分の生活に必要な給料と、仕事以外の時間の確保を

考えた時今の職場が自分に合っていると思ったし、給料面ももう少し低くても妥協できる

ところでしたが、もらえる分にはありがたく頂きたいものです。

私が運転手を初めたころは、今のように人手不足がそんなに問題になってなかったし

替わりはいくらでもいるぐらい会社は強気な感じがありましたが、今は人材確保に

必死になっている会社が多いみたいだし、これからまだまだ給料や働き方が改善されて

く様に思いますし、現に今勤めている会社がどんどん働きやすいように変わってきて

います。どのように変わってきたかなど、様々な視点からトラックに関する話題を

ブログで発信していこうと思います。